|
青山義雄研究−生い立ち− page3
ここで青山義雄の生い立ちについて触れてみよう。青山は1894年(明治27年)1月10日 神奈川県三浦郡横須賀町(現在の横須賀市)に生まれ、姉・弟二人の4人兄弟の長男である。 1890年にはゴッホが自殺し、1893年にはホアン・ミロが生まれている。 それは今から100年前の19世紀末である。8歳までこの地に育ちその後、三重県の鳥羽にある相島に移り、その1年後 北海道根室に移り住むこととなる。絵画に興味を持ち始めたのは、14歳の頃からだという。最初は通信教育による講義録で 独学で学んでいた。その後、16歳の時(1910年11月13日)上京し、翌年 大下藤次郎の日本水彩画研究所 で学ぶことになる。このころ青山は『白樺』などの美術文芸雑誌を愛読し、ゴッホやセザンヌなどを知ることになる。 当時は『革命の画家』などと紹介され、あこがれの存在であったと若き日を思い出し語っていた。 その後、家庭の事情もあり19歳の時には根室に戻り絵筆を握ることはなかったという。再び握り始めるのは1917年頃 23−4歳のころで、フランス行きが決まったのが27歳(1921年)である。この年2月25日フランスに向けて横浜港を出港し、 47日間かかってフランスマルセイユに到着するのであった。 次回に続く..... |
2ページへ